isozakiaiの呟き置き場(旧:愛のカラクリ、AI日記)

彷徨ってますw ここにはツイッターおいときます。

「バベル魚」飼いたい!

資料ばかりよんどります。
誰か、わたしに「バベル魚」くださいっ!
外国語、読めるようになりたいなあっと言う前に、
ほんとのところ、物書きには日本語(母国語)がいっちゃん大事!

ってわけで、今日は翻訳家のみなさまの著書をつらつらとご紹介しようかと。
まずは、先日よんだばっかりの、こちら。

ぼくの翻訳人生 (中公新書)ぼくの翻訳人生 (中公新書)
(2004/12)
工藤 幸雄

商品詳細を見る


反骨精神に満ち溢れてます。気骨のあるひと、大好きっ!
パヴィチの訳で、やっぱり凄いと感嘆し、即読みました。
いちお、書いてらっしゃる難読語は全部よめましたよ~(ほっと安心)。
うん、なんか、こういう生き方に共感をおぼえます。
つづいては、こちら。


翻訳はいかにすべきか (岩波新書 新赤版 (652))翻訳はいかにすべきか (岩波新書 新赤版 (652))
(2000/01)
柳瀬 尚紀

商品詳細を見る



おっと、岩波続きだっ。
この、三島がジョイスを訳したであろうと想像するくだりの美しいこと! 
三島ファンにもおすすめですね。
上下二段で二葉亭四迷の改訳具合が見られるのも凄い。
むちゃくちゃ勉強になったです。
柳瀬さんの本は大好きなのでまたいつか、まとめてご紹介したいなあ(並べるだけだけどさ)。
それから、派手な色つづけたいなと。


特盛! SF翻訳講座 翻訳のウラ技、業界のウラ話特盛! SF翻訳講座 翻訳のウラ技、業界のウラ話
(2006/03/12)
大森 望

商品詳細を見る


これは面白い!! 笑えて勉強になること請け合いです。 
SFファンじゃなくともおすすめですが、SFファンなら絶対にお見逃しなく!
ここで、面白い小説いっぱい教わりました。
愛だね、愛!!
おつぎは表紙がかっこよくて大好きな、

乱視読者の帰還乱視読者の帰還
(2001/11)
若島 正

商品詳細を見る


この「乱視読者」シリーズもまた超絶オススメです!
おお、こうやって読むんだって吃驚させられます。
もいちどあの本、読みかえさないっとって気になりますね。
目の付け所がチガウのです。
それから、チガウというか、わたし、自分が書いたのかと思ったのは、こちら、

気になる部分 (白水uブックス)気になる部分 (白水uブックス)
(2006/05)
岸本 佐知子

商品詳細を見る


表紙かわゆいv
そして、前のブログでもご紹介してますがくりかえし!
だって、好きなんだもん。というか、馴染む~。
こういうこと、考えるよねって思うことしきり。
わたくし個人的に超絶ぷ~っしゅ!


てわけで、本日はここまで!

宿題&読みたい本が山積で、いっぱいいっぱいなところ、
拍手、とっても励まされます~!

ではでは~v


スポンサーサイト

モーゼの頭にある角は?(昨日のつづき)


聖書の翻訳その他もろもろ――蟹亭奇譚

にて、たくさんの事柄についてご教示いただきました。
どうもありがとうございます!
昨日の記事の、とり散らかった内容(笑)にもかかわらず、
トッピックごとにひとつひとつ丁寧におはなしくださいまして感謝しております。

順不同になりますけど、

旧約聖書について

おっしゃるように、「原語」が読めれば音韻やそのほか、色々なことが理解できるのでしょうね。
でも、わたしにはあの文字を「文字」として認識することすら難しい!
「コ」っていう字があっちこっち向いてるような感じがします。
外国のひとが漢字プリントのTシャツをお洒落だと思う、あんなふうなのかも(笑)。

もうずうっと前のことですが、
七十人訳聖書
の伝説――たしか、「七十人(七十二人?)の教父がべつべつの場所で、70日かけてギリシャ語に翻訳し、それらすべてが一言一句、同じであった」みたいな逸話――を読んだことがありました。
それ以来ずっと「もの凄い!」と思い続けていたので、
今回、ほんのすこしばかりではありますが、
聖書翻訳の歴史の一端を知ることができてとても面白かったです。
しかも、20世紀になって「新ヴルガータ」というものができていたというのも初めて知りました。

また、

新共同訳聖書について

「いわゆる 「差別用語」 や 「不快語」 を徹底的に排除した翻訳で有名」とのこと。
わたしが滝川事件にこだわってしまったのは、「姦通」という一語が強くあたまにこびりついていたようです。
以前によんだこの本、

西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で (ちくま学芸文庫)西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で (ちくま学芸文庫)
(2007/10)
阿部 謹也

商品詳細を見る


本棚に見当たらなくて(どこいった~?)文言はひけなくてすみません。とりあえず、


 目次

 第1章 『緋文字』の世界
 第2章 古代・中世の宇宙観のなかの男と女(古代人の宇宙観
  ローマ人の男女関係)
 第3章 聖性の形成・解体と聖職者・女性(ユダヤ教と男女関係
  初期キリスト教と男女関係
  聖なるものの変質)
 第4章 聖なるむすびつきとしての結婚(ゲルマン人の結婚
  教会に管理される結婚
  贖罪規定書から)
 第5章 娼婦たちと社会(娼婦の位置
  娼婦と娼婦宿)
 第6章 中世の男と女にとって愛とは何か(聖性の呪縛の下で
  個人の誕生)

 

この、古代ユダヤ人社会と古代ローマ社会の結婚や男女関係の違いが印象に残っていたものと思われます。男性と同じ身分であるなら(という留保はつきますが)、女性や妻の権利が比較的守られていると思われるローマ法の恩寵と、石打の刑に代表されるようなキツイ家父長制社会の差ですね。
日本の性犯罪の法律とか、女性を男性の財産(モノ)とみなしているようでどうも納得いかないよなあというきもちが噴出してしまったみたいです。

1933年の事件

ご指摘、ありがとうございます。
小林多喜二の生涯、教科書で習ったおぼえはありますが、30になるやならずやの若さで亡くなっているのですね。さぞや無念であったことでしょうし、同じ文学者として藤村も深く感じるものがあったに違いないですね。
『嵐』、こんど読んでみます。
以前、「島崎藤村『嵐』――蟹亭奇譚」でロダンのことばがひかれているとのことでしたから、さらに興味深く思えました。

島崎藤村とキリスト教

今回、青空文庫で『桃の雫』をはじめて見ました(読んだとはいえません)。
フローベールやゲーテあたりに言及があるのは不思議に思いませんが、
岡倉覚三(天心)とともにヴィンケルマンの名前を見つけ、少なからず驚きました。
(当時の文学者はみな読んでいるものでしょうか? ロダンといい、藤村は彫刻が好きなのでしょうかしら? 『新生』という書物があるので、ダンテが好きなのだとは察しがついたのですが、あたってますか? ヴィンケルマンの著書は、たぶん、まだ日本語訳されてなかったような気がします……)

それよりなにより、
「(『若菜集』 における聖書の引用のしかたはかなり面白いので、そのうち詳しく書いてみたいと思っています。)」とのこと、楽しみにお待ちしています~~~!!!
『若菜集』、読んでからずいぶんたってしまったので、実家から持ってきて復習します!
とっても嬉しいです。

おしまいに、お礼がわりに「聖書と翻訳と彫刻」でトリヴィアルなおはなしを。
(ロダンも大好きなダンテ様を大好きなミケランジェロの作品を! 笑)

ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコーリ聖堂にある、ミケランジェロ作のモーゼ像
まるで鬼みたいな、二本の角があります。
新潮社の『世界美術辞典』によると、

 12世紀以降西方の写本挿絵その他に表れる「角のあるモーセ」は、「光の矢を発する」というヘブライ語がヒエロニムスのラテン語訳において誤訳されたためといわれる。


だそうです。
もう一個、こちらはローマの旅行情報サイトより抜粋

 Michelangelo’s Moses is depicted with horns on his head. He, like so many artists before him, were laboring under a misconception? This is believed to be because of the mistranslation of the Hebrew Scriptures into Latin by St Jerome. Moses is actually described as having "rays of the skin of his face", which Jerome in the Vulgate had translated as "horns". The mistake in translation is possible because the word "keren" in the Hebrew language can mean either "radiated (light)" or "grew horns".


keren って、どんな文字を書くのでしょうね? (ヘブライ文字wiki見てもちっともわからない 笑)

kanimasterさん、いろいろとご親切にありがとうございました!


Traduttore,traditore(ほんやくしゃはうらぎりもの)モンダイなどなど


蟹亭奇譚さまの、
わが奇とするもの三あり否な四あり

 古い言葉に、この世にめずらしく思われるものが三つある。いや、四つある。空に飛ぶ鷲の路、磐(いわ)の上にはう蛇の路、海に走る舟の路、男の女に逢う路がそれである。……

 島崎藤村 「路」(岩波書店の雑誌『文学』の創刊に寄す)*1  

 *1:島崎藤村 感想集 『桃の雫』 (昭和11年刊)収録。なお、雑誌 『文学』 創刊は昭和8年。


日本近代文学にくらいわたしがいつのまにか「島崎藤村」タグを作るほどの勢いで(!)、いつも楽しく読ませていただいています。

「冒頭の一文は、藤村自ら口語に訳したのだろうか。こういう表現は上手いなあと思う」

には首肯するばかり。
いたずらに「箴言」などと難しいことばを持ち出さず、さらりと語りだすあたり、詩人らしくさすがと申しましょか、センスいいなあと惚れ惚れします。

それから、藤村の文章につづいて、文語訳と新共同訳も引用されています。
わたしも、ニュアンスがこう、なんというか、モヤモヤするなあいう気分になったので、
それでふと、

(原語ではどうなっているんだろう)

に興趣がひかれ、ネットをうろうろしてみました。
まずは、上記事でもあげられている「文語訳」。

箴言文語訳

ヴルガータ


で、こちら、かのヴァチカンの「新ヴルガータ」のサイト。

Nova Vulgata

こちら、抜粋です。

 18 Tria sunt nimis difficilia mihi,
 et quattuor penitus ignoro:
 
 19 viam aquilae in caelo,
 viam colubri super petram,
 viam navis in medio mari
 et viam viri in adulescentula.

 20 Talis est et via mulieris adulterae,
 quae comedit et tergens os suum dicit:
 “ Non sum operata malum ”.



まずはじめてにお断りいたしますが、わたしが唯一よめるラテン語は、

Veni vidi vici. (来た、見た、勝った)

のみ、ですから!!!
(しかもそれ、読めてるんじゃなくてたんに覚えてるってだけだろっていうツッコミはしないでくださいましな。英語もフランス語も習ったけど、大の苦手なんですからねっ!!)

これは、新ヴルガータなのでその前(ただのヴルガータ)がどうかわからないのですが、
カンを働かせてみようと思いつく。
どうせ読めないんだから勢いですわよ。
これやるなら、仏文も並べるとよいんだな。まあ、それはいいや。
で、手許にあるラテン文法の本、


詳解ラテン文法詳解ラテン文法
(2008/07)
樋口 勝彦藤井 昇

商品詳細を見る



を取り出してみました。
(おや、2008年に新しくなってるみたいですね。 わたしの持ってるのは初版(1963)から30版目! お値段1640円なり! )

ラテン語ではチンプンカンプンなので、とりあえず、英文をてきとうに探りました。
たまたま見つけた英語のサイト
ここでは、


 30:18 There be three things which are too wonderful for me, yea, four which I know not: 30:19 The way of an eagle in the air; the way of a serpent upon a rock; the way of a ship in the midst of the sea; and the way of a man with a maid.

 30:20 Such is the way of an adulterous woman; she eateth, and wipeth her mouth, and saith, I have done no wickedness.



ラテン語の

 et
(【そして・亦”】の意だけど、後ろの ignoro 【知らない・不知】 と一緒だとなんかなったりするかなあ? ワカリマセン)

に相応するのが、

 yea
(【げに・実に・そのうえ】かな?)


になるのかしら?


さらに、面白くなったのでもうちょっと探してみたら、こういう比較(?)サイトも。
(残念ながら、上記、文語訳で関係した、北英国(スコットランド)聖書会社(NBSS)、米国聖書会社(ABS)、大英国聖書会社(BFBS)はない模様。たぶん)

30-18
30-19
30-20

いずれにせよ、これを見ると、
どれもはっきりと「she」と書いてあります。
(ラテン語も、 mulieris 【女】でしたしね。何格かわかりませんがたぶん、複数形 笑)

さらにいえば、
such of や so がたくさん並ぶこの英文において、
やはり5つ目の「姦通」がもっとも強調されているようです。
これ、ミソジニーに対する被害妄想ではないですよね?(笑)
というわけで、 kanimasterさんの、

ところが、新共同訳では主語が消えており、「食べて口をぬぐい/何も悪いことはしていないと言」ったのが男なのか女なのか、あるいは両方なのかわからない。わざと曖昧な訳し方をしているのかもしれない。

に同意です。
「新共同訳」は、時代に対応してなのか(?)、 姦通の主体(主語)が女性であるということをぼかし「わざと曖昧に訳されている」ようです。
姦通罪って昔は女性にしか適用されませんでしたもんね。


それで、なんでこんなことを、不得手な外国語を並べて考えているかというと、
わたしはもともと「翻訳」というものに興味があるという単純なおはなしにプラスアルファして、


仏教のなかの男女観―原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想仏教のなかの男女観―原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想
(2004/03)
植木 雅俊

商品詳細を見る



この本や、また、こちら、


法華経 上―梵漢和対照・現代語訳法華経 上―梵漢和対照・現代語訳
(2008/03/11)
植木 雅俊

商品詳細を見る



法華経 下―梵漢和対照・現代語訳法華経 下―梵漢和対照・現代語訳
(2008/03/11)
植木 雅俊

商品詳細を見る



を読みたいなあと思ってまして。
お釈迦様はほんとに「平等思想」だったのに、
翻訳の段階で違うものになっていってしまうという、それは、ことのほかこたえるなあと。

伝言ゲームの恐ろしさ。
翻訳者は裏切り者。

でも、同じ言語を用いていても、これと同じような「読み替え・意味の書き換え」は、じつは、毎日のように行われているよな、と。
「いやよいやよも好きのうち」とかもそれっぽい。
メタな読み、ベタな読みとか、ね。


で、ですね、
このわたしのエントリはここいらへんで力尽きて終わるものと思ってたんですが、
なんか、アレ? って、大事なことを忘れてる気がしてもう一度。


 古い言葉に、この世にめずらしく思われるものが三つある。いや、四つある。空に飛ぶ鷲の路、磐(いわ)の上にはう蛇の路、海に走る舟の路、男の女に逢う路がそれである。……

 島崎藤村 「路」(岩波書店の雑誌『文学』の創刊に寄す)*1  

 *1:島崎藤村 感想集 『桃の雫』 (昭和11年刊)収録。なお、雑誌 『文学』 創刊は昭和8年。



「原典(現物)にあたれ」
はいつだってどんなときだって、ものすごく正しいんですよ。
絵画も実物、そしてそれが置かれていた現実の場所と時間(時代背景)を見て、
開眼することもあるわけで。

これ、後半が略されてるし、注がついてます。
あわてて原文、青空文庫で探しました。
じつは、「昭和8年」に、閃くものがあったのです。

桃の雫(青空文庫)

 路

(岩波書店の雜誌「文學」の創刊に寄す)

 古い言葉に、この世にめづらしく思はれるものが三つある。いや、四つある。空に飛ぶ鷲の路、磐の上にはふ蛇の路、海に走る舟の路、男の女に逢ふ路がそれである、と。わたしたちの辿つて行く文學にも路と名のついたものがない。路と名のついたものは最早わたしたちの路ではない。


さて、昭和8年がどんな時代かというと、とりあえずWIKI.

1933年

国際連盟脱退、滝川事件とか、あります。思想弾圧ですね。
ちなみに、滝川事件

 1933年4月、内務省は滝川の著書『刑法講義』『刑法読本』に対し、その中の内乱罪、姦通罪に関する見解(後者については妻にだけ適用されることを批判した)などを理由として発売禁止処分を下した。翌5月には斎藤内閣の鳩山一郎文相が小西重直京大総長に滝川の罷免を要求した。京大法学部教授会および小西総長は文相の要求を拒絶したが、同月26日、文部省は文官分限令により滝川の休職処分を強行した。(太字強調は引用者)



さらには日本キリスト教史から、

 昭和期に入ると、国中が軍国主義に染まり、軍国主義のイデオロギーとして国家神道が利用されるようになると神道以外の宗教団体への圧力が強まった。特に教育や思想の分野において国粋主義が強化されたことで西洋の宗教であるとみなされたキリスト教は苦しい立場におかれることになった。1931年に満州事変が勃発すると国家の主導権は完全に軍部の手に握られた。1939年に成立した宗教団体法は戦争遂行に向けてすべての宗教団体を統制しようとするものであった。



岩波書店の『文学』創刊は4月1日

滝川事件、鳩山文相が京大に申し入れしたのが4月22日だか5月だか(本よんだわけじゃなくてネットの情報なのでわかりません。ごめんなさい)


ん~、惜しかった。
順番が逆のほうが、かつてクリスチャンであり、adulterousな藤村を主人公にした小説のネタとしては説得力があったのに!!

モノカキとしての想像力、もとい「妄想力」をフル回転させると、
藤村が『箴言』という語をつかわなかったのは、
読みやすさへの配慮だけでなく、
言論弾圧的な風潮を鑑みてキリスト教のことばだとは明かさず、
そのうえで、世相に対する「批判」や文学者としての「覚悟」を示したものであったと思いたいところです。

が!!

それは、わたしが「文学者」っていうものは戦争には反対して、
お上の思想弾圧にも反撥するもんだと勝手に思ってるから。
これが、わたし個人の極めて独断的な「読み」なわけです。

『戦陣訓』とかと絡んで、思想的には、どんなふうなものだったのか興味のあるところです。

それにしても、


 わたしたちの辿つて行く文學にも路と名のついたものがない。路と名のついたものは最早わたしたちの路ではない。




は、ただたんに「文学」について語った文章だとしても、ものすご~~~~く意味深です。
ここでも、前文のさらなる否定がくりかえされ、「文学」がどんなものであるか、どんなものであろうとするのか、当事者が故の、ひたすら追い詰められた切迫感が胸に迫ります。

そのほか、この『桃の雫』にある昭和六年のはじめの(『夜明け前』第一部下卷を草する頃)の文章など、混迷する時代の雰囲気とそのなかで自分の立ち位置を築こうとする作家の息遣いが見事に伝わってきます。
そうでした、藤村は渡仏してるんですよね。
ん~む、若いころの西洋文明への傾倒とその後の戦争への想い。
複雑であったろうとは容易に想像できます。


わたしは研究者でもないし、ただの文学好きの戯言であって、
この日記にとくに結論というものもないのですが、
(そんなものがパシっと言えれば小説なんて書いてないさ)
開国からずっと、日本の文学、つまりは言語の問題、言文一致やらなにやかや、いまだに消化できてないなあというか、男女の言葉遣いや役割語も含め、コトバに対するドンヨリとした感慨が押し寄せます。


ことばでしかわたしは考えられないから、それは、ごくごく丁寧に取り扱いたいのです。
と、自分自身に対して毎日、肝に銘じたいのですね。


そんなわけで、いろいろ調べていったなかで、
この、
聖書翻訳の歴史
はとても面白そうなので、また繰り返してじっくり読んでみようかなと。


最後になりましたが、
kanimasterさま、興味深い、とても面白いおはなしをどうもありがとうございます。


 | HOME | 

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

磯崎愛

Author:磯崎愛
オリジナル小説サイト『唐草銀河』(R18一部例外あり)の管理人・磯崎愛です。
SFとファンタジーと世界文学とアート好き。
わんこ狂い。特に北海道犬!
甘辛両刀(ニヤリ)。
がらくた銀河』なんてのもやってたり☆

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

カテゴリ

未分類 (1)
(0)
更新のお知らせ (30)
拍手レス (22)
ちったー☆まとめ (2412)
文学批評 (1)
映画 (1)
ロレンス・ダレル (1)
後藤明生 (0)
西行 (1)
アート (4)
デイヴィッド・ブリン (1)
ラクロ (1)
トマス・ピンチョン (1)
ドストエフスキー (1)
ジャン・ジュネ (1)
シオドア・スタージョン (1)
ジーン・ウルフ (2)
トマス・M・ディッシュ (1)
栗本薫 (2)
森鴎外 (1)
マーク・トウェイン (1)
太宰治 (1)
ジョン・バース (1)
R・A・ラファティ (2)
小説家の小説本など (1)
エッセイ (1)
コニー・ウィリス (1)
科学 (1)
イタロ・カルヴィーノ (1)
ミロラド・パヴィチ (2)
ライトノベル (1)
翻訳 (3)
アレクサンドル・デュマ (1)
ダンテ・アリギエーリ (1)
宿題 (2)
恋愛もの (3)
新倉俊一(仏) (2)
音楽 (4)
谷崎潤一郎 (2)
イベント告知 (2)
ベストもの (1)
ミケランジェロ (1)
ふぇみ (1)
鹿島茂 (1)
パスカル・キニャール (1)
神曲関連 (1)
みゅるみゅる(つぶやき) (0)
お知らせ (4)
ヴァージニア・ウルフ (1)

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブックマーカーリスト


検索エンジン最適化

Translation(自動翻訳) 縦型文字版

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示